朝の数分にしか起こらない奇跡
中学生の頃まで僕は北海道の片田舎に住んでいました。
この町も僕の生まれるずっと前には結構にぎわっていていたらしいけれど、僕が生まれた頃にはすっかり斜陽を迎えつつあって、僕が中学校にあがる頃には駅前の商店街もすっかりシャッター街と化していた。
昔にぎわってたせいか田舎の割には大きな駅があって生意気にも駅前がロータリーなんかになっていて、ほとんど乗る客なんかいないのにタクシーがいつも2~3台客待ちをしていたのを覚えている。そのタクシー乗り場の横にタクシーに背を向け駅舎に向かう形でベンチがいくつか並んでいた。
中1の夏休みのある日、汽車を使って隣町の海水浴場に行くために僕たち数人は駅前で早朝から待ち合わせをしていた。前の日からの興奮で早くから起きてしまった僕は予定よりずいぶん早く駅についてしまった。待ち合わせ時間までまだ30分以上あったので僕はベンチに座って仲間を待つことにする。
この時間の駅前にはタクシーも停まっておらず、目の前を走る国道もたまに長距離トラックが通っていく以外はほとんど車の往来がなかった。僕はしんとした駅前のベンチで今日一日なにをして遊ぶかをワクワクしながら考えていた。早朝なのにギラギラとした太陽の光を背中から浴びる。暑くなる日の前兆だ。
そうこうしているとロータリーに車が入ってくる音が聞こえた。
車で送ってもらった友達だと思い僕はロータリーの方を振り向いたが、逆光の中から現れたのは見たことのないスポーツカーだった。そのスポーツカーはタクシーの停まっていない乗り場に乗り付けた。助手席から女の人が降りてくる。20代後半だろうか、僕の知らないお姉さんだ。白くて長いスカートが印象的な細身のお姉さんは僕の存在を無視するかのように僕の横を急ぎ足で駅舎の方へと向かって行く。いや、正確には駅舎に併設されているトイレの方に。
何気なくお姉さんを目で追う僕。僕の影がお姉さんを追うように伸びている。
そしてお姉さんの向かう先のトイレを見て僕は愕然とした。真夏の強い朝日が女子トイレの中まで、そしてさらに奥にある個室の中までを鮮明に照らしていた。何回かここに座った事があるが普段は中が薄暗くて見えない。光の角度からいって朝の数分にしか起こらない奇跡なのだろう。僕の座ってる位置からはいくつかある個室の一つだけが中にある向こうむきの和式便器ごとはっきりと見える状態になっていた。
女性のトイレ姿に興味はあったが、恥ずかしながら当時まだ精通を迎えていなかった僕は思春期にありがちな罪悪感にここで苛まれ始める。まだ何も悪いことをしていないのに・・・
興味を持ってはいけないものに興味を持っている自分を認めたくない気持ちとその興味の対象を見ることが出来るかもしれないという現実が頭の中でショートを起こしパニックになる僕。
「あのお姉さんが僕から見える個室に入らなければいいんだ!」
本当は見たくて見たくてしょうがないのに消極的現実逃避に走る。だが非情にもお姉さんは僕から見ることのできる唯一の個室に入ってしまう。
「扉が閉まればきっと中も見えなくなるよ」
これは贔屓の野球チームに「どうせ今日も負けるよ」と言っているのと同じで否定的な言葉の中に相当な期待感が入っている。はたして現実は扉を閉めても下の隙間から中がはっきりとみえた。掃除のし易さのためなのか床と扉の隙間が大きくあいてはいたが、それ以上に真夏の朝日の威力がこの奇跡の立役者だったのは明白な事実だろう。
便器を跨ぐ白いハイヒールが見える。性的興奮というより誰かに咎められそうで怖くなり心臓がバクバクし始めた。少し間を置いて隙間の上部から真っ白なお尻が降りてきて視覚に入ってくる。今ならトイレ盗撮で見慣れた画角だが当時の僕には想像すらできなかった未知の画角だった。朝日が臀部とハイヒール、そして便器の白さを際立たせるように照らす。
思わず僕は視線を逸らしてしまった。女子トイレの方を向いている僕を誰かに見られたどうしよう?スポーツカーの運転手に怒られたらどうしよう?
でもこんなにはっきりと中が見えるんならお姉さんのおしっこやうんこだって見えるに違いない・・・見たい・・・見たい・・・でも誰かに怒られたら・・・
「待った?」
ビックリして目線を上げると自転車に乗った友達がそこにいた。
「う、ううん。いま来たとこ」
絶対にここで何をしていたか悟られてはいけない。バレたら学校中の噂になる。いや、町中の噂になる。この町に住めなくなるかもしれない。逮捕されるかもしれない。いま思えば馬鹿馬鹿しいがその時は本気でそう思っていた。
「切符買っちゃおうよ!」
僕は他の友達が来るのを待とうと言う意見も聞かずに駅舎の中へと入った。何が何でも覗き(じゃないんだけど)を悟られる訳にはいかなかったからだ。
切符を買って待合室からロータリーの方を見るとまだスポーツカーが停まっていた。残りの友達を待つフリをして窓から様子をうかがう。運転席でサングラスをした少し強面のお兄さんが不機嫌そうにタバコを吸っている。
「見なくて正解だったんだ。怒られるくらいならこの方が良かったんだ。」
そう無理に納得させている自分がいた。しばらくしてお姉さんがトイレから出てくる。
「さっき便器にしゃがむところまで僕は見ていた。車に酔ってゲロを吐いてた訳じゃない。それでもこれだけ時間がかかっていたということは・・・やっぱりお姉さんうんこだったんだな・・・見たかったな・・・」
ロータリーから出ていくスポーツカーの後ろ姿を眺めながら強い後悔を感じた。
僕は海水浴場に向かう汽車の中でもずっとウジウジとしていた。そのせいなのか海水浴場で何をして遊んだかの記憶が全くない。
今はもう駅舎ごと立て直されてしまったので有り得ない話だけれど、もし今の僕があの時と同じシチュエーションに出くわしたら一体どういう行動を取るんだろう?周りの視線なんか気にしないであのハイヒールとお尻を見続けるんだろうか?
どうするんだろう?
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